ミュージカル『オペラ座の怪人』オペラ座の怪人を生んだ匠たち

世界20ヵ国で上演され1億を超える観客の賞賛を浴びた『オペラ座の怪人』。多くの人に愛される理由のひとつに、作品のクオリティの高さが挙げられます。トニー賞の7部門に輝いた不朽の名作。
そこに息づく楽曲、振付、美術のマエストロ達の人物像と仕事に、焦点を当ててみましょう。

ミュージカルの神様 アンドリュー・ロイド=ウェバー

数々の大ヒットミュージカル曲などを手掛けてきた、イギリスが世界に誇る作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバー。彼は1948年イギリス・ロンドンで生まれ、父は作曲家、母はピアノ教師、弟はチェロ奏者という音楽一家に育ちました。
オックスフォード大学のマグダレン・カレッジ在学中(当時17歳)に作詞家ティム・ライスと出会い、ミュージカル音楽を完成。ここから本格的にプロの作曲家としての道を歩み始めました。ジャンルを超えた楽曲センスはこの頃からすでに確立されていたと言われています。
1971年『ジーザス・クライスト=スーパースター』が大成功を収め、人気と地位を確立。その後は78年『エビータ』、81年『キャッツ』、84年『スターライト・エクスプレス』など大ヒット作を続々と生み出してゆきます。
『キャッツ』初演キャストだったサラ・ブライトマンと私生活でもパートナーになったウェバーは、86年に『オペラ座の怪人』を発表。今では世界116都市で上演され述べ観客数は1億人を超えたとも言われているこの作品。ウェバー自信も「偶然の出会いだった」と語るほど、名作だったわけでもない原作がたまたま発掘され、ウェバーの手によって究極のラブストーリーとして新たな命を吹き込まれたのです。
またこの作品は、クリスティーヌ役を好演した彼の妻・サラのために書き上げられたとも言われています。彼女はこの作品によって世界にその名を知らしめ、一躍スターの座を掴むこととなります。温かく柔らかい、癒しの声を持つミューズ・サラもまた、ウェバーがクリエイトした作品なのかもしれません。91年にふたりは離婚しますが、92年のバルセロナオリンピックでは公式テーマソングをウェバーが作曲、ホセ・カレーラスとサラがデュエットで歌い上げました。ウェバーとサラはその後も多くのコラボレーションを果たし、最大の理解者として共存しています。
また彼はビジネスセンスにも長けていて、最も商業的に成功した作曲家としても有名。ロンドンに7つの劇場を持ち、多くのヒットミュージカルの上演を続けています。
トニー賞やグラミー賞など数々の名誉ある賞を複数回受賞し、92年には芸術分野への貢献を認められてエリザベス女王からナイトの称号を与えられ、また97年には爵位も拝受。
『オペラ座の怪人』の中でファントムがクリスティーヌに曲を作るという、原作にはない設定を設けたことについて「愛する女性のために曲を創作するという行為が、とてつもなくロマンティックだと思ったんだ」と語ったウェバー。「ミュージカルの神様」「現代のモーツァルト」とも評される彼が生み出す繊細で耽美な音色は、恐らく彼自身の内面から溢れ出るものなのでしょう。
アンドリュー・ロイド=ウェバー写真