恋が潤うアイーダ体験 [ミュージカル『アイーダ』]
いよいよ9月5日に千秋楽が迫り、ますます盛り上がりをみせるミュージカル『アイーダ』。
“世界最古の恋愛物語”といわれる『アイーダ』ですが、「恋が潤うアイーダ体験」と題したコンテンツを公開中です。
ミュージカル『アイーダ』をご覧になった、イマドキの恋愛感情を持つ20代の女性たちに恋愛観について語ってもらったこのコンテンツ。
彼女たちが“世界最古の恋愛物語”から感じ取ったものとは。
舞台をすでにご覧になった方も、これからの方も、彼女たちの恋愛観に触れてから『アイーダ』を体験すると新しい発見があるかも。
さてこの「恋が潤うアイーダ体験」ですが、それぞれのコメントを ツイッター でつぶやくことが可能です。
気になるコメントを引用し、あなたの恋愛観を追加してつぶやいてみませんか。
専用のハッシュタグ #aikoi も自動的に追加されますので、あなたのコメントが意外なところに拡がり、話題を呼ぶかも…。
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『アイーダ』の魅力について [ミュージカル『アイーダ』]
劇団四季がお届けする時空を超えた愛の物語『アイーダ』。
アイーダの父であるヌビアの王・アモナスロ役の川原洋一郎です。
今日は、私が『アイーダ』の魅力についてお話しようと思います。
といっても、実は劇中での私の出番は三分ほどしかありません。
ヌビアの王としては少々寂しいのですが(笑)
しかし、愛娘であるアイーダと敵将・ラダメスの愛の行方を左右する上で、非常に大きな役割を担っていることは間違いありません。
ハイライトは、エジプト軍に捕縛され、牢獄の中ですでに亡き者と思っていたアイーダと再会するシーンです。
屈辱と失意にまみれた王にとって、これ以上ない僥倖、暗闇に差し込んだ一条の希望の光であったことでしょう。しかも、アイーダが自分の不注意からエジプト軍に攫われてしまったとわが身を責め続けていたのですから、尚更です。
ところが。
ようやく再会できたアイーダの口から、ラダメスへの愛を告白されてしまいます。
その心中は如何ばかりでしょう。
父として娘の幸せを願う心と、王としてのプライドと背負った責任。
ましてや、今はふたりとも敵国の掌中にあり泥をすする身です。
アイーダも「王女」と「女」というふたつの運命に苦悩しますが、父王・アモナスロも「王」と「父」というふたつの生き方の狭間で思い悩んだことでしょう。
そして、「忘れるんだ、そんな男のことは!」とアイーダに厳格に言い放ちます。
アモナスロは「王」であること選んだ。
これはつまり、社会の秩序・モラルを重んじたということです。
究極的にパーソナルな問題である「愛」に生きようとするアイーダに対し、アモナスロは対極である「社会」の体現者として立ちはだかるのです。
その意味で、アイーダにとって最も親しい間柄でありながら、最も厳しく大きな壁でありましょう。
その大きな壁を如何にしてアイーダは乗り越えるのか?
現代社会に生きる私たちにとっても、胸につまされ、ハラハラする展開が待ち受けていますよ。
ちなみに、私は別の役でもちょっぴり出演しています。まさか、ヌビアの王様がこんな役で登場しているとは!? というような意外な役ですので、もしご興味があったら探してみてください(笑)。
それでは、また劇場でお会いしましょう!
「人は誰でも変わることができる」 [ミュージカル『アイーダ』]
劇団四季ファンの皆様、そして、ミュージカルにご興味をお持ちの皆様、こんにちは。
東京・電通四季劇場[海]で上演中の『アイーダ』で、王女アイーダと恋に落ちるエジプトの将軍・ラダメスを演じております阿久津陽一郎です。
今回は『アイーダ』を鑑賞する際のポイントを、ラダメスの視点からお話したいと思います。
『アイーダ』というと、壮大なラブストーリーという印象が一般的です。
しかし、それはもっとも見えやすい部分に過ぎません。
その背後にある、僕が一番大切にしているテーマは、「人は誰でも変わることができる」ということです。
エジプト軍の司令官として戦いに明け暮れるラダメスの性格を一言で表せば、粗野で乱暴。「この世は自分のためにある」ということを信じて疑わない、横柄で非常に男臭い人間です。
演じるにあたり、ディズニーからは、「アメリカンヒーローのイメージで」とアドバイスを受けました。西部劇におけるジョンウェインのような豪放磊落さとでも言いましょうか。
そのような性格ゆえに、自分の知らないものへの好奇心も人一倍強い。
すべてを理解し、掌握していたいのです。
ヌビアへの遠征を買って出たのもそのため。また、女性の扱いも、相手の欲求を察知してそれに応えることで支配下に置くというスタンスです。これは、エジプトの王女・アムネリスに対する接し方にも現れています。
しかし、その尊大な自信家であるラダメスを揺るがす出来事、それがアイーダとの出会いです。
今までに見たことのない未知のタイプの女性との出会いに、ラダメスは「彼女は一体何者なんだろう?」という疑問で満たされます。
しかし、知ろうとすればするほど、アイーダの懐は予想以上に深く計り知れないことがわかる。
自分の理解の埒外の存在に、ラダメスの心はざわめき立ちます。
そして、ナイルの岸辺でアイーダと初めてキスをしたとき、「自分はこの女性を愛しているのだ」とはっきりと気づいてしまうのです。
自らの財産を民にすべて分け与えることで、その愛情を不器用ながらにも表現するラダメス。
アイーダへの愛に気づき、今まで自分が生きてきたすべてを投げ打つことで、ラダメスは生まれ変わります。
ここは、僕が劇中でもっとも好きなとても美しいシーンです。
人間は弱い生き物であり、誰しも過ちを犯してしまうものです。
しかし、過去と決別し、未来を生きることもできる。
それが、隠れた『アイーダ』のテーマだと僕は思っています。
個人的な解釈ではありますが、これから『アイーダ』をご覧になる皆様の一助になればと願って。
阿久津陽一郎
“悪カッコいい”ゾーザー軍団 [ミュージカル『アイーダ』]
みなさん、こんにちは。ゾーザー飯野こと、飯野おさみです。
私が出演している『アイーダ』の東京公演も10月の開幕から4カ月近く経ちましたが、鑑賞されたお客様が口コミで評判を広げてくださり、非常に御好評をいただいているようです。本当に、ありがとうございます!
さて、今回のオフステージブログは、わたくし飯野が、劇団四季とディズニーが贈るミュージカル『アイーダ』の魅力をご紹介させていただきます。
『アイーダ』の魅力は、作曲家のエルトン・ジョンと作詞家のティム・ライスが手掛けた音楽や、時空を超えた真実の「愛」で感動を得られる部分だけではありません。最大の見どころは、なんといっても、僕がひきいるゾーザー軍団がカッコイイことでしょう(笑)。
ゾーザーは、『アイーダ』のなかでは唯一の悪人です。表向きは優しいけれど、欲望や思いを貫き通すためであれば自分の息子ですら殺すことを厭わない冷酷な人間。それがゾーザーです。
僕には「人間には、どこかいい部分があり、根っからの悪人はいない」という持論があり、どんな役でも“いい人”の感情を織り交ぜて演じていました。しかし、ゾーザーの場合、それではダメなんです。
なぜなら、ゾーザーは根っからの悪人だからです。『アイーダ』は、ゾーザーの悪役っぷりを引き立たせることで物語のコントラストがより浮かび上がる構成になっています。食べ物でいえば、メインの食材ではないけれど味に深みを出すには欠かせない唐辛子のようなもの。徹底的な悪役だからこそ、「悪人ではあるけど、カッコいい!」と思えるような人間像を心がけて演じています。
そして、ゾーザーの見どころは、そのピカレスク的な部分だけはありません。ゾーザー率いる軍団、通称『ゾーザー軍団』が繰り広げるダンスも見ごたえ充分! 振付師のウェイン・シレントさんが考案したダンスは日本の武道のような切れ味・鋭い振りが入り、その動きに合わせて照明も素早く切り替わるので、とても力強く見えるはず。
でも、実のところゾーザーは、軍団を引き連れてはいるものの、舞台上を練り歩くことが中心であまり踊ってはいないんです。それなのに踊っているかのように見える……。実際にアイーダをご鑑賞になられた方は、ゾーザーも踊っているかのような錯覚を覚えられたのではないでしょうか?
その理由は、ゾーザー飯野が軍団を巧みにコントロールしているからです(笑)。というのは半分冗談で、本当に音に合わせて動いているだけなのですが、その呼吸の間合いがピッタリと合っているからこそゾーザーも踊っているように見えるのです。
2010年を迎え、ぼくも新しい細胞に入れ替えるためにトレーニングを重ね、日増しにパワーアップしています。みなさん、ぜひ劇場にご来場いただき、パワーアップした “悪カッコいい” ゾーザーを観にいらしてください!!
劇団四季ミュージカル『アイーダ』の世界へようこそ! [ミュージカル『アイーダ』]
初めまして、王女・アイーダ役を演じる濱田めぐみです。
すでにご観劇頂いた皆様、いつも暖かいご声援ありがとうございます!
私とアイーダは、もう6年以上の付き合いになります。
今回の東京公演が2年半振りの再会となったわけですが、彼女と私の関係にもちょっとした変化があったように思います。
敵国の将軍・ラダメスとの運命的な愛……
そのラダメスの婚約者であるエジプト王女・アムネリスとの友情……
そして父であるヌビア国王と奴隷となったヌビアの民の希望と信頼……。
ひとつひとつがもつれ、絡み合い、身動きの取れなくなった窮地で、アイーダは人生を決する決断を迫られます。
6年前この役を初めて演じた時、そんな過酷な運命を乗り越えてゆくアイーダを、私は尊敬できるお姉さんのように感じていました。
私は王女になったことがないので(笑)、彼女の背負う運命の重さを認識して膨らませるだけで精一杯だったんです。
でも、5年という歳月を経て、私自身が多くの人生経験を積み重ねることで、少しずつ彼女が身近な存在になってきたように思えます。
劇中に
『人は迷いながら人生を生きる』
というセリフがあります。
アイーダも悩んで、悩んで、悩み抜いて、そして最後には自分の意志で進むべき道を選びます。
私たちの人生も常に多くのしがらみに囲まれ、決断を迫られていますよね。
そう考えると、太古の昔から女性の生きる道に、なんら変わりはないのかも知れません。
彼女は悲劇のヒロインなどではなく、等身大の女性。
ただ、どんなに過酷な運命であっても流されることを良しとせず、思いのままに生きようとした、ちょっぴり勝気で芯の強い女性なんです。
思えば、私も身一つで舞台女優を目指して上京するという決断がなければ、今こうしてアイーダと出会うこともなかったですから。
憧れのお姉さんとしてではなく、“女”という運命を共有する同志としてアイーダと一体化した私の舞台。
自分でも、どういったものになるのかと、毎日ワクワクしながら舞台に上がっています!
そんな恋愛に生きるドラマティックなアイーダの人生は、皆さんの目にはどのように映るのでしょうか?
最古のラブストーリーの主役として世界的に知られる王女を、よき友のように語るのは不思議なものですが、皆さまにも何か感じ取っていただけるとうれしいです。
濱田めぐみ
☆25日のクリスマスカーテンコールの模様はこちら
【後篇】Every Story is a Love Story 〜「一味違う」アイーダ鑑賞ガイド 〜 [ミュージカル『アイーダ』]
※注:今回は、アイーダ未体験の方はお読みにならないほうがよいかもしれません……。
☆中級編(数回御覧になった方向け)
アムネリスの視点で観る。
アムネリスは、この物語では二重性を帯びています。つまり役中の人物としてだけではなく物語りの語りべとしても存在しているのです。この前回から続くこのオフステージブログのタイトル、Every Story is a Love Story.とは、アムネリスがオープニングで歌う曲の原題です。実はあの博物館のシーン(ニューヨークメトロポリタンミュージアムのエジプト展示室を思わせる)はこの物語の集約なのです。これから登場するさまざまな物や人が展示物になっており、それを人種、国境、性別を超えた人々が鑑賞する。そしてそれを動き出して睥睨(へいげい)するアムネリス。演出ではアムネリスは『この空間を支配する者』として位置づけられており、目線を下げることすら許されません。観客の皆さんもこれから物語を見ていく点ではアムネリスと同じ視点になります。
また、一方でアムネリスは、物語の劇中人物として様々な愛の形を提示しています。ラダメスへの幼心時からの憧憬から大人になるにつれ昇化した愛、父親への愛、オシャレや物への愛着、アイーダへの友情としての愛、ラダメスとアイーダの関係を知ってしまった後でも国の為に結婚へ向かう愛(この時の曲は、エルトン・ジョンが親友であったダイアナ元英皇太子妃を回想して、妃の心情をメロディーにしたそうです)、法廷での2人への愛の判決。そして忘れてはならない、あるいは見逃してはならないのが、ラストシーンの博物館での生まれ変わったアイーダとラダメスに作用する許しの愛(アムネリスのこの時の視線を見逃さないで下さい)。忘れないで下さい、アムネリスはこの空間を支配する者なのですから結びつけることも引き合わせないことも随意のはずなのに、あの結末は明らかに……。
皆さんもアムネリスの気持ちで様々な愛をシミュレーションしてみてはいかがでしょうか。
☆上級編(「私くらい観た人はいないだろう」と自負する方向け)
上級者にくどくどと説明するのは禁物でしょう。皆さん御自分なりのアイーダ観をお持ちでしょうから。でもせっかくですから階を重ねるという思いでよいので、我慢して読んで下さい。
それはアイーダを“既製概念の破壊”というキーワードで読み解くことです。まず時間という概念。この物語、アイーダとラダメスが出逢ってから1週間の出来事なのです。それが何千年という時を超えて語り継がれてきているのです。そういえば、かのロミオとジュリエットも出逢いから死別まで同じくらいでしたね。すなわち時間ではないのです。人間は生まれた瞬間、皆、平等に死に向かっている存在であることは確かですが、それがいつ訪れるかは未知です。日常は皆それを忘れているかのように日々変わりなく継続するものだと信じていますが、たかだか1週間で運命が大きく変わる出逢いもあります。そして、1週間の出来事が永遠に語り継がれることもあります。瞬間の積分が永遠であるとでもいうか、地平線が実は丸い地球の一部であるというか、ともかく自分の時間軸を崩して見ると新しい見方が広がってくるかもしれません。その契機がアイーダ鑑賞であるのかもしれません。
時間の次は人の見方。「あの人はいい人」とか「あの人は悪い人」とか、人はみな総体的に相手を評価しがちですが、それはあまり意味がないのではないでしょうか。なぜならいい人でも悪いことを考えることもあるでしょうし、その逆もあります。アイーダは強いし弱いし、やっぱり強い。ラダメスも強いけど弱いし、嫌なやつだけどいいやつ。アムネリスはわがままだけど優しいし、弱いけど強い。何だかみんな矛盾だらけではありますが、人間というのは等身大ではそんなものではないのでしょうか。だからこそ世に演劇は成立する、すなわち登場人物に観客はどこかで一体化し共感したり反感を覚えたりする。アイーダを御覧になった方は、自分自身を観客的に客観的に捉えてみる。これも鑑賞の醍醐味ではないかと思います。
話がとりとめもなくなったところで、そろそろ紙面も尽きます。以上、“一味違う”アイーダ鑑賞第一弾おしまいです。
前田貞一郎
【前篇】Every Story is a Love Story 〜「一味違う」アイーダ鑑賞ガイド 〜 [ミュージカル『アイーダ』]
今回より本ブログにて、四季ならではの“一味違う”『アイーダ』鑑賞ガイドをお送りしていきたいと思います。 まず一番手として、私、前田貞一郎が、知っておくとちょっと便利な“鑑賞のツボ”をご紹介しましょう。
「アイーダ東京公演 10月3日開幕!」
「アイーダ通算公演回数1000回達成! 汐留の電通四季劇場で」
新聞の見出し的にはこんな感じで文章が始まるのでしょうが、ここでは副題にもあるように「一味違う」鑑賞ガイド、一般のガイドは他メディアに委ねて、出演者やスタッフの視点からアイーダの魅力をお届けします。
☆その前に……
JR新橋駅から徒歩10分、雨の日でも濡れずに劇場入りができ、コンビニをはじめ飲食店、書店などさまざまな店舗が併設されている電通四季劇場[海]のロケーションは、私達にはとてもありがたいだけでなく、御来場下さる方々の待合せ等にも便利です。因みに当劇場の入っているカレッタ汐留は11月30日まで優待キャンペーン中らしく、『四季の会』会員の方は会員証の呈示、御来場の方は当日チケットを呈示することで、色々な店舗でサービスを受けられるらしいです。おっとここは汐留、鉄道発祥の地(旧新橋駅は汐留です)でいきなり話の脱線はまずいでしょうということで……。
☆カンパニーについて
アイーダカンパニーは出演者総勢23名。意外に少ないと感じられた方は御覧になったことのある方なのでは。確かに他のメガミュージカルに比べると小所帯なので、その分アンサンブルの人々は大変です。エジプト人あり、ヌビア人あり、兵士あり、大臣あり、ファッションショーまであり、1人で何役も早替えして……。もちろん物理的に早替えは大変なのですが、もっと骨を折るのは精神的な早替えです。シーンによって心の居所が違う、周りも同じ人が敵になったり味方になったりする、目まぐるしい変化についていかなくてはなりません。出演者はみな台本と演出を手掛かりに演じ分ける工夫を日々続けています。その成果も見所のひとつです。
☆東京公演について
劇団四季の理念のひとつに、文化が東京一極集中してしまうことの是正、いわゆる「文化の地方分権」というものがあります。そのためアイーダは、初めてブロードウェイメガミュージカルの日本初演を、大阪で迎えたわけですが、以来6年、ある程度熟成したものを東京でお見せできていることが、皆さんに反響を頂いている大きな要因だと思います。東京は演劇に限らず舞台芸術のさまざまな選択肢があり、それらの上演数も他地域よりも圧倒的に多いので、必然的に観客の皆様の目が肥えています。このアイーダという作品に堪えうる演者となるには、演者1人1人にやはり絶対的な時間の熟成が必要であると思います。したがって、そういった意味でも、元来意図したわけではないのですが東京公演は見頃を迎えた時期に始まったと言えるでしょう。
☆鑑賞のツボ (やっと今回の本題)
まず初級編(初めて御覧になる方向け)
そのままストレートで御賞味下さい。アイーダはミュージカル界のアカデミー賞といわれるトニー賞を4部門で獲得しています。作詞作曲のゴールデンコンビは言わずもがなですが(因みに、この2人はグラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞も獲得)、主演女優賞の受賞もさもありなん。ここで言いたいのは装置デザイン賞と照明デザイン賞も受賞しているということです。とにかく簡素でかつ美しい(手前味噌になっていますが、初めて観たときに感動しました)。簡素ゆえに演者のマニュアル操作の熟練度も重要になってきますが、そこも見所のひとつです。特に照明はまるで意思を持っているようで、演者も光をはずさないように立ち位置を厳守することが求められています。とにかく初めて御覧になる方は、こむずかしい予備知識なく生(き)でこの作品を味わって下さい。もちろんストーリーも。


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