鹿鳴館
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はじめに ストーリー 人物相関図 三島由紀夫略歴 三島由紀夫と浅利慶太 時代背景 舞台美術 キャストスタッフ
三島由紀夫略歴
 大正14年1月14日に生まれた三島由紀夫、本名・平岡公威(きみたけ)は、満年齢が昭和の年号と一致する「昭和」とともに歩んだ作家でした。

 学習院初等科の頃より俳句や詩歌に興味を持ち始めた平岡少年は、16歳で初めてペンネーム“三島由紀夫”を用いて「花ざかりの森」を雑誌「文芸文化」に発表します。

 その後学習院高等科を首席で卒業し、東京帝国大学法学部に進学。大学在学中、20歳の時に終戦を迎えました。卒業後は大蔵省に入省するも、執筆に専念するためわずか9ヶ月で退職します。その翌年、最初の書き下ろし長編で半自伝的小説とも言われる「仮面の告白」が刊行され、本格的に作家として歩み始めました。

 代表作は若者の恋愛を爽やかに描いた「潮騒」、昭和25年の金閣寺放火事件を材にとった「金閣寺」、四部作の長編「豊饒の海」等。また劇作家としても一流だった彼は『鹿鳴館』『サド侯爵夫人』『近代能楽集』等の名戯曲を生み出しました。「ミシマ文学」は昭和31年に「潮騒」が英訳されたのを始めとし、諸外国語に翻訳され全世界で愛されています。昭和40年にはノーベル文学賞にもノミネート。

 昭和45年11月25日、自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺し、その生涯を閉じました。
年号  年齢  出来事
 大正14年(1925年) 0歳 東京市四谷区永住町で出生
本名、平岡公威(きみたけ)
昭和19年(1944年) 19歳 処女短編集「花ざかりの森」を刊行
昭和20年(1945年) 20歳 8月 勤労奉仕先で「岬にての物語」を執筆中に終戦を迎える
昭和21年(1946年) 21歳 6月 川端康成の推薦で短編「煙草」を「人間」に発表。文壇に登場する
昭和22年(1947年) 22歳 11月 東京帝国大学を卒業
12月 大蔵省銀行局に勤める
昭和23年(1948年) 23歳 9月 大蔵省退職
昭和24年(1949年) 24歳 7月 最初の書き下ろし長編「仮面の告白」刊行、ベストセラーとなる
昭和29年(1954年) 29歳 12月 「潮騒」で第1回新潮社文学賞を受賞する
昭和31年(1956年) 31歳 1月より 「金閣寺」を「新潮」に連載(10月完結)
11月 『鹿鳴館』第一生命ホールで初演
昭和32年(1957年) 32歳 1月 「金閣寺」で第8回読売文学賞受賞
昭和33年(1958年) 33歳 6月 川端康成の媒酌により、日本画家・杉山寧の長女瑤子と結婚
昭和36年(1961年) 36歳 3月 元外相有田八郎より「宴のあと」がプライバシー侵害にあたるとして起訴される
昭和39年(1964年) 39歳 5月 『喜びの琴』日生劇場で上演
昭和40年(1965年) 40歳 4月 「憂国」を自作自演で映画化
10月 ノーベル文学賞の候補に挙がる
昭和41年(1966年) 41歳 1月 『サド侯爵夫人』で第20回芸術祭賞演劇部門受賞
昭和45年(1970年) 45歳 11月25日 「豊饒の海」第四巻「天人五衰」最終回原稿を出版社に渡す
午後0時15分、自衛隊市ヶ谷駐屯地にて自決
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Photo by 山之上雅信、上原タカシ