| 年号 |
年齢 |
出来事 |
| 大正14年(1925年) |
0歳 |
東京市四谷区永住町で出生 本名、平岡公威(きみたけ) |
| 昭和19年(1944年) |
19歳 |
処女短編集「花ざかりの森」を刊行 |
| 昭和20年(1945年) |
20歳 |
8月 勤労奉仕先で「岬にての物語」を執筆中に終戦を迎える |
| 昭和21年(1946年) |
21歳 |
6月 川端康成の推薦で短編「煙草」を「人間」に発表。文壇に登場する |
| 昭和22年(1947年) |
22歳 |
11月 東京帝国大学を卒業 12月 大蔵省銀行局に勤める |
| 昭和23年(1948年) |
23歳 |
9月 大蔵省退職 |
| 昭和24年(1949年) |
24歳 |
7月 最初の書き下ろし長編「仮面の告白」刊行、ベストセラーとなる |
| 昭和29年(1954年) |
29歳 |
12月 「潮騒」で第1回新潮社文学賞を受賞する |
| 昭和31年(1956年) |
31歳 |
1月より 「金閣寺」を「新潮」に連載(10月完結) 11月 『鹿鳴館』第一生命ホールで初演 |
| 昭和32年(1957年) |
32歳 |
1月 「金閣寺」で第8回読売文学賞受賞 |
| 昭和33年(1958年) |
33歳 |
6月 川端康成の媒酌により、日本画家・杉山寧の長女瑤子と結婚 |
| 昭和36年(1961年) |
36歳 |
3月 元外相有田八郎より「宴のあと」がプライバシー侵害にあたるとして起訴される |
| 昭和39年(1964年) |
39歳 |
5月 『喜びの琴』日生劇場で上演 |
| 昭和40年(1965年) |
40歳 |
4月 「憂国」を自作自演で映画化 10月 ノーベル文学賞の候補に挙がる |
| 昭和41年(1966年) |
41歳 |
1月 『サド侯爵夫人』で第20回芸術祭賞演劇部門受賞 |
| 昭和45年(1970年) |
45歳 |
11月25日 「豊饒の海」第四巻「天人五衰」最終回原稿を出版社に渡す 午後0時15分、自衛隊市ヶ谷駐屯地にて自決 |