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〜1958年 初演プログラムより〜
とうとう念願の『オンディーヌ』を舞台にかけることが出来た。この作品の上演によって劇団四季は、既成の演劇に対する拒否と反抗から出発した5年間の仕事の、一応の終着点に辿りついた。
新劇を、言葉と想像力によって作り出す小宇宙(ミクロコスモス)のなかに、人間の真実の姿を描くという演劇本来の伝統に復帰させ、築地小劇場運動によって新劇の基礎を築いたパイオニアたちの仕事を受けつぎ、乗越える。その理想を追いつづけながらも、5年間の演劇運動を通じて僕らがあげえた成果は、決して誇るに足るものとはいえない。それは、常に暖かく見守って下さった多くのお客様の御支援を思うとむしろきわめて貧しく、自らの非力を憾みたくなるほどである。だがしかし、成果はたとえ貧しくとも僕らはこの仕事に持ち得る限りの情熱をこめて来たし、理念に忠実であるという芸術家の絶対の倫理だけは裏切らなかったつもりである。これは芸術家としては当然すぎることでありながら、現実はその姿勢を許してくれない。だが遠い理想を追う限りこれからも、過去に体験した以上に厳しい現実に直面しなければならないだろう。それを思うと、この姿勢を保ちつづける力を、とにかく得たのだということが、この5年間の最大の収穫のように思える。
劇団四季という、僕ら自身が生み出したこの劇団に、僕らの青春のすべてが賭けられていると同じように、『オンディーヌ』には、劇芸術に対する僕らの祈りと願いがこめられている。亡き加藤道夫先生が、ジロドゥの劇を語ることによって僕らに演劇の扉を開いたその日から、『オンディーヌ』は僕らのうちに神話としての席を占めた。この神話を実現すること、それが過去の演劇生活の最高の目標であり、僕らを律してきた至上命令なのである。ジロドゥという作家を誰よりも愛し、それ故にこそ、『オンディーヌ』という作品を深く愛した加藤先生は、先生自身の手で『オンディーヌ』を上演するという日を待たずに、不帰の客となられた。四季の旗上げ公演の直前先生が亡くなられた、丁度5年前の12月22日を僕らは忘れない。
年毎に、いつもこの日がめぐる度に、「君達が『オンディーヌ』を完璧に上演する日を僕は待つ、そうしたら僕は泣くだろう」と云われた先生の言葉を思い出し必ずこの仕事をやりとげることを深く心に期して来たのである。
『オンディーヌ』の上演は過去のすべてがそこに賭けられているという点で、劇団四季にとって、青春の記念碑ともいうべき仕事となるだろう。
たしかに劇団四季5年間の芸術的成果はこの一作に結晶している。そしてこの作品を契機に四季の演劇運動は新しい領域に入ることになる。ジロドゥとアヌイという二人の作家の芸術に学んで培われたドラマトゥルギーはいよいよ、新しい未知の領域で試されることになるだろう。新しい未知の領域、それは、自然主義の殻を打ち破った、新しい若い作家による創作戯曲の上演、それをおいてはない。それは劇団四季が明日向わなければならぬ、大きな課題なのである。
演出家 浅利慶太