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幻想的な詩劇。心にしみる音楽。
加藤道夫と劇団四季の運命的な出会いから
生まれた名作です。
加藤道夫の戯曲『なよたけ』が雑誌「三田文学」に発表されたのは、まだ敗戦のイメージが色濃く残る1946年。みずみずしい感性で描かれた作品世界は、当時の文壇で大きな注目を集めました。
その頃、加藤は慶応高校で英語を教えていました。演劇界の当時の現状に対して批判的だった加藤を、まだ学生だった浅利や日下たちは、ただ一人の人生の師と仰ぎ、その周辺に集まるようになっていました。夢見るような眼差しでフランス演劇を語る加藤の言葉一つ一つに、学生たちは耳を傾けたといいます。加藤の唇から漏れ出る詩の数々に溜息し、彼の導きで知ったジャン・ジロドゥの世界、そこに結集した西欧演劇の伝統と光輝、舞台における詩と幻想に心酔したのです。
「自分たちの手で新しい演劇運動を起こしなさい――」
加藤は若い青年たちにこう語りかけています。
彼を取り囲む学生の中には浅利や日下たち慶応大学のグループと、諏訪正(毎日新聞社特別顧問)、水島弘ら東京大学のグループがありました。後に両者が手を握り結成したのが「劇団四季」でした。
劇団四季の出発は1953年7月。同年末、メンバーは加藤道夫急逝の報に接します。まるでこれから始まる劇団四季の苦悩をすべて引き受けようとするかのような、旗揚げ公演直前の突然の訃報でした。劇団四季の第1回公演『アルデール又は聖女』のパンフレットの第1ページは、加藤道夫の遺言と黒枠の付いた写真で始まります。彼の死とともに出発した劇団四季は、以来絶えず加藤道夫との対話を繰り返しながら歩んできたのです。