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看護師相手に快活にジョークをとばす一人の男性。その言葉の端々から感じられるのは知性と機転、そして教養。だが、彼に残されているのは、話す能力だけだった・・・
交通事故のため、首から下がまったく動かないという、ほぼ全身麻痺に近い状態にある青年彫刻家・早田健。話すことだけが可能な彼がその明晰な頭脳を用いて導き出した結論は「尊厳ある死」。たった1つのこの彼の望みは、弁護士や病院の医師たちを論議の渦へと巻き込み、裁判所に見立てられた病室の中で、各々の職業的立場から様々な主張が交わされることに。そして彼の望みの深層を解明してゆくうちに、生きるうえで人間が行いうる選択の自由や権利について、また、生と死、医療や法の倫理といった命題が浮かび上がってくるのです――。
ブライアン・クラーク(Brian Clark)によって書かれた『この生命誰のもの』(原題:Whose Life Is It Anyway?)はTVドラマとして放映された後の1978年、ロンドンで初演されました。劇団四季の初演は翌79年のこと。しかし、おりしもアメリカを中心に高まりを見せ始めた“尊厳死”という大きな問題を扱ったデリケートな作品だけに、上演には慎重を要すると考えた劇団四季は、医師や法曹関係者、ジャーナリストなど多くの人々に意見を求めました。その上で、「上演することによってお客様とともにこの作品の訴える問題を考えていきたい」と決行された初演舞台は、社会的に大きな反響を呼び起こし、多くの批評や関連記事が新聞や雑誌を賑わすこととなったのです。
その後、作者からの賛同を得た劇団四季は8年の歳月をかけて、この作品の描く状況を“いつ我々の身に起こっても不思議ではない”日本での話として潤色し、1987年に創作劇として上演しました。身近に起こりうる深刻な状況の中で、この作品のテーマはより明確に浮かび上がることとなり、この上演ではさらに大きな反響が劇団に寄せられたのです。
“尊厳ある死”を望む一人の人間をめぐるこのドラマの裏に見えてくるのは、宿命と闘う彼の言葉を通して謳われる生の賛歌。現代を生きるうえで見過ごすことのできない様々な問題が提示されるこの現代劇に、どうぞご期待ください。 |
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| PHOTO BY 上原タカシ |
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